国会議員・前衆院議員 2018新年のあいさつ

  • 2018.01.05 Friday
  • 23:59

改憲許さない思いつのる 参議院議員 仁比そうへい

 

 あけましておめでとうございます。

 

 三が日。福岡は寒いけれど心地よい晴れ間に恵まれ、初詣や初売りの家族連れ、若者たちの晴れがましい姿に、清新な決意があふれてきます。

 恒例の祖母を囲んで総勢40人近くのファミリー新年会。自慢の祖母は来月初めになんと106歳になります。私が初孫、一番小さいひ孫が1歳、あらゆる世代の幸せを願うつどいです。

 

 祖母は、戦時中、亡祖父の仕事で北京におり、終戦を33歳で迎えて当時9歳の母、2歳で双子の叔母たちを背負い、6カ月の大きいおなかを抱えて命からがら引き揚げ、5人の娘を育て戦後を生き抜いてきました。祖父は早くに亡くなりましたが、祖母にはもっと長生きしてもらいたい。みんなの思いです。とても元気で、きっと来年の私の選挙も張り切って投票に行ってくれるでしょう。

 

 親たちの介護や病気も続きますが、子どもたちはぐんぐん頼もしくなっていきますね。憲法改悪など絶対許さない。思いがつのります。

 

 

 

「絶対に負けられない」年 衆議院議員 赤嶺政賢

 

 2018年元旦は、辺野古の浜から始まった。名護市長の稲嶺ススムさんと一緒に初日の出を迎えるためだ。今年沖縄は、沖縄統一地方選挙が行われる選挙イヤーだ。

 

 名護市長選挙は1月28日告示、2月4日投票。争点は辺野古新基地建設問題だ。自民党陣営は、公明党と政策協定を結び、4年前バラバラだった公明党の支持を取り付け強力な構えをみせている。政策には、辺野古という文字は一言もない。代わりに持ち出してきたのは沖縄自動車道の延長など政府主導による振興策だ。争点をそらして、辺野古反対の稲嶺市長打倒をたくらむ。

 

 今年の辺野古の浜での新年祈願は集まった300人余の人たちに緊張感が走っていた。絶対に負けられない。この選挙が11月の沖縄県知事選挙での翁長知事再選も方向づける。

 

 辺野古の浜を後にして次に向かった先は知事公舎。与党県議団とともに新年のあいさつを交わした。元旦から「絶対に負けられない正念場の年」という合言葉が互いの間を駆け巡った。

 

 

 

強く大きな党をつくろう 衆議院議員 田村貴昭

 

 神社に参拝された市民が、共産党の宣伝に出会って、「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」にサイン。年始はなかなかの光景でした。国民の平和への願いを、野党共闘に結実させなければ。

 

 熊本地震に九州北部豪雨…。復旧・復興とともに、自然の猛威から人命をいかに守るか、この課題にしっかり取り組みます。

 

 農林水産、環境に加えて災害対策。国会での新しい任務も始動しました。しかし、委員会所属にとらわれず、平和と暮らしのためなら何でもやる意気込みです。

 

 沖縄をはじめ重要な選挙が各地で続きます。一つひとつのたたかいに勝つとともに、強く大きな党をともにつくりましょう。引き続き駆け回ります。今年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

くやしさをバネにまい進 前衆議院議員 真島省三

 

 明けましておめでとうございます。

 

 昨年の総選挙では、自民党VS野党3党(日本共産党、立憲民主党、社民党)の議席は小選挙区制のおかげで4対1ですが、国民の支持(比例得票率)では自民党33%VS野党3党30%とほぼ互角でした。日本共産党の決断と頑張りが、選挙直前の共闘つぶしの攻撃を乗り越えて、共闘を再構築しました。共闘の時代の歴史的選挙で果たした日本共産党の役割に胸を張ろうではありませんか。

 

 私はいま、かけがえのない議席を失ったくやしさをバネに、来年の統一地方選挙の躍進、参院選、次の総選挙では共闘勢力の勝利とともに、必ずや日本共産党の大きな躍進を勝ち取るために日々まい進しています。「日本共産党大好き」「比例は日本共産党」という方を増やし、共闘の時代を発展させる決定的力、強く大きな日本共産党を九州・沖縄につくっていくために、みなさんといっしょに現場で汗を流します。

 

 みなさん、勝つためには遠慮は要りません。声をかけてください。(しんぶん赤旗 2018年1月5日)

水曜随想 「安倍退陣 決定的審判を」 参議院議員 仁比聡平

  • 2017.09.20 Wednesday
  • 23:58

 台風18号縦断の3連休開け。国会は、来週9月28日の臨時国会冒頭に衆院解散、10月10日公示22日投票の総選挙必至の大嵐です。安倍総理は、憲法に反して野党の臨時国会要求から逃げ回ったあげく、改造内閣の所信表明演説すらおこなわず、「とにかく解散」「逃げ切り延命」の構えですが、ここまで国会質問から逃げ回る人物は歴代総理にありません。いよいよ隘路(あいろ)に追い詰められているのです。

 

 4年前、「腕は折れても心は折れない」と議席奪還以来、私は安倍暴走と最前線でたたかい抜いてきました。それは一言でいうなら、格差拡大と戦争準備のクーデターであり、暴力による議会と民主主義の破壊とのたたかいでした。

 

 先の国会で、内心・プライバシーに踏み込み話し合いを処罰する「共謀罪」の正体を徹底的に明らかにした私たちの論戦と運動は、政府を追い詰めていました。にもかかわらず、総理の進退に関わる森友・加計疑惑には問答無用でふたをし、「共謀罪」だけはかつてない国会破壊で強行した自民・公明議員の大罪を思い起こそうではありませんか。その暴挙がいよいよ憲法9条そのものに及ぼうとしているのです。

 

 「私たちの声はもうどこにも届かないのか。強者になるか強者の『お友達』になることしか、声を届けるための選択肢はないのか」「それでもなお、声をあげることは誰かとつながることのできる希望であって欲しい」(28歳、「朝日」6月21日付)。こうした声がつながりあって、東京都議選で自民党歴史的大敗の審判を下しました。押さえ込んだ圧力釜のふたがはじけたように、「そんとくとそんたくだけの世の中だ」(「毎日」7月15日付)、「お友達誰を残して誰入れよう」(「東京」同日付)、「丁寧でなくていいから正直に」(「毎日」同26日付)といった川柳が一般紙に躍っています。

 

 この声に応え、ともに手をとりあって、本気の野党共闘のために誠実に頑張り抜く共産党の大躍進こそ、安倍政治を終わらせる決め手です。ご一緒に、安倍退陣の決定的審判を下そうではありませんか。(しんぶん赤旗 2017年9月20日)

水曜随想 「原発稼働の無反省に驚き」 衆議院議員 真島省三

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 11:35

 

 8月30日、国会議員団(私、田村貴昭、藤野保史の衆院議員、仁比聡平参院議員)と松岡勝衆院比例予定候補、佐賀・長崎・福岡3県の地方議員の総勢20人で、玄海原発に調査に入った。2005年の吉井英勝衆院議員の調査以来12年ぶり、3県の地方議員がそろって調査に入るのはかつてない。

 

 6月に紹介した九電のチラシには、太字に線まで引いて――万が一の事故の際においても、放射性物質の放出量は、福島第一原子力発電所事故時の約2000分の1であることが確認されました――として「新たに設置した設備や対策により、重大事故が発生した場合でも格納容器は破損せず、放射性物質(セシウム137)の放出量は、『4・5テラ=兆=ベクレル(1基あたり)』になることが、原子力規制委員会で確認されました。このため、UPZ圏内(発電所から概(おおむ)ね5〜30km)の住民の皆さまは、事故が起きてもすぐに避難する必要はなく、屋内退避(家屋等に留まること)していただくことになります」と述べている。対策を講じたから避難は必要ないと言わんばかりの「安全神話」だ。

 

 調査の目的は、格納容器を破損させない、メルトダウンさせないという設備や対策をこの目でみることだが、九電の得意げな説明を聞けば聞くほど、そんな対策もせず何十年も稼働してきたことへの無反省ぶりに驚いた。視察後の質疑で九電は、「原子炉格納容器下部に水張りしたところにメルトダウンしても水蒸気爆発は起きないと評価しているというが根拠は?」「4・5テラベクレルの住民の健康への影響をどう評価しているのか?」という質問にさえ答えられず、「放射性廃棄物の搬出先は決まっていない」という無責任ぶり。共同を広げ、再稼働を阻止しよう!(しんぶん赤旗 2017年9月6日)

水曜随想 「政治を前に進めたい」 衆議院議員 田村貴昭

  • 2017.08.30 Wednesday
  • 23:55

 衆議院の海外派遣で欧州の地方自治の調査へ。現地では、東北、北陸地方の大雨、鹿児島での地震のニュースが次々に飛び込んできた。上空からみたエストニアの国土は、見渡す限りの森林と畑。山も川も見えない。一番高い山でも318メートルだとか。水害は想像できない。ベルリンやパリで歴史的建造物を見るたびに耐震構造は?余計なことを考えてしまうが、「地震はほとんど聞かない」とのことだった。

 

 災害大国日本。7月はじめに九州北部を襲った豪雨は、福岡県、大分県で36人の方が犠牲となり、3千件近い建物被害をもたらした。発災直後から、現地入りして状況把握にあたってきたが、いまだに道路が損壊し、足を踏み入れることのできない集落がある。農業や土木、鉄道を含めて甚大な被害を目の当たりにして、政府に必要な対策を求めてきた。

 

 

 昨日(28日)は、共産党福岡県委員会の政府交渉。家の解体・再建支援、農業、商工業者への支援拡大など、要求はどれも切実。「災害規模の大小によって、支援策に差があってもいいのか。東日本大震災、熊本地震と同様の対策を」。県議団と地元代表が求めた。家を失った人の苦しみはどんな災害でも同じ。ここが大きなポイントとなっていく。

 

 自治や福祉などの優れた取り組みを欧州3カ国で学んだ。同時に日本の地理と気候の特性をこれほど実感したこともなかった。着の身着のままで避難所生活を余儀なくされた被災者、猛暑の中、支援にあたるボランティア さまざまな人のことを絶えず思い浮かべて、一歩でも二歩でも政治を前に進めたい。(しんぶん赤旗 2017年8月30日)

水曜随想 「長崎の発信に目凝らす」 衆議院議員 赤嶺政賢

  • 2017.08.09 Wednesday
  • 10:48

 核兵器禁止条約を採択した国連会議の成果にふれるたび、大国の覇権主義に支配されていた世界が大きく変わろうとしていることを実感する。

 

 核兵器を保有する大国は、この会議を失敗させようと、参加国にさまざまな圧力をかけた。米国を中心に、会議の成立をくいとめようと必死になったのに、無残にも失敗した。大国が用いる常套(じょうとう)手段は「核兵器は抑止力であり、安全保障の根幹だ」という思想だ。国連会議後のメディアの論評の中には、「核抑止力諭はうちやぶれない」といった皮相な悲観論もめだつ。

 

 その中にあって、核兵器禁止条約の採択当日まで、国連会議の取材を続けた毎日新聞の女性記者の論評記事が目にとまった。彼女は、ジョージ・リー・バトラー元米戦略軍最高司令官(78)が「抑止は幻想だ」と批判したことをとりあげていた。

 

 バトラー氏は退役後の1996年、欧米の退役将軍ら60人と共に核廃絶を訴え始めた。「きのこ雲の下の現実を知る被爆者が重要なのと同様、核兵器を落とす側の現実を知る軍人の言葉も重みがある。裏切り者扱いされるリスクを冒して核兵器の危険性と核抑止論の空虚を訴えているという事態を重く受け止めるべきだろう」(2日付「毎日」)と紹介している。

 

 日本政府は、米国の核で他国の攻撃を抑止する「核の傘」を安全保障の基軸としている。条約交渉もボイコットした。被爆者から抗議されたことは当然である。戦争被爆国の日本が、核抑止力論を振り回せば回すほど、世界から、軽蔑され、孤立することになるだろう。

 

 私は衆議院議員の任について以来、8月9日は、ほぼ毎年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加してきた。原爆病院や原爆ホーム「恵の丘」を訪ね、8月9日の被爆地長崎を歩き、長崎原爆資料館をたずね、被爆の惨状をわが事としてつかむよう努力してきた。去年は、高江のオスプレイ着陸帯に反対する徹夜の現地闘争、今年は衆院の沖北委員会の公務とかさなり、2年連続、8月9日の長崎に行けていない。

 

 核兵器禁止条約を被爆地長崎はどのようにうけとめるか、長崎から発信されるニュースに目を凝らしている。(しんぶん赤旗 2017年8月9日)

 

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